連動的なリズムに身を委ねながら、仕事帰りの電車の中で本を開く。
あとは自宅に帰り、また仕事に備えて睡眠をとるだけだった。それが、私の日常であり、変化もなく続くであろう未来。
始発の電車の中は静まり返っていた。向かいのソファでいびきを上げながら眠っている酔っ払いと、肩を寄せ合い、幸せそうに居眠りをする恋人同士。
他人を眺めていると、時々ふと、自分が自分であることを不思議に思う。もしかしたら他人の中味に自分が入っていたかもしれないのだ。もしかすると自分の心と身体とが一体していることはとても低い確率のことではないのだろうか。そんな風にさえ感じる。
この車両にいる人にはそれぞれの過去があり、今此処に存在するのであろう。
滑らかな動きで電車が停車する。開いた扉から見覚えのある二人の影が乗り込んで来た。
一人は背の高い、目つきの鋭い男だった。視線が合うと、隣に居た男の肩を叩き、こちらを指し示す。
「あ、マスター。今度は分かったね」
振り向いた背の差ほど高くない、色素の薄い髪を持った男は、ひらひらと手を振りながらこちらへと近付いてきた。背の高い男もそれに倣いこちらへと近付いてくる。
私は手に持っている本を開けたまま軽く会釈を返す。
「隣、いいか?」
背の高い方がそう聞いてきた。
「ええ……構いませんよ」
それだけ言うと、少し横へとずれた。
背の低い、幼さを残す顔立ちの男が、こちらの隣へと座った。眼つきの鋭い男の方は、端に腰掛ける。
この二人は、度々自分が勤めるバーに来てくれる常連でもあった。
「はぁ〜……この歳になると、やっぱりオールは辛いよねぇ」
隣にいる男が誰にともなくそう声を上げる。
「なんだ? もうヘタレてるんかよ? くっ。まだまだお子様だな?」
端にいる男が揶揄するようにそう答えを返す。すると隣の男は怒ったように口を尖らせて
「なにさ。君がザルなだけだろ? 僕だって仲間内では飲める方なんだよ。……この、無限胃袋がっ!」
酔った勢いのままにそう罵り声を上げた。
「おいおい……んな無限な胃袋なんてあるわけねぇだろ? ドラえもんじゃぁ、あるまいし……」
端の男がそう声を上げると、隣の男は何かを思案するように、少し考えてから声を上げた。
「ドラえもんの胃袋……じゃない、ポケットって別に無限ってわけじゃないでしょ?」
小首を傾げて問いをかける。
そう言われて端の男も何かに気づいたようだった。私は本に目を落しているので雰囲気でしか二人の行動は読めない。
「んあ? そうなのか? 無限じゃなかったら何であんなにポイポイなんか訳のわかんねぇもんがいっぱい出てくるんだ?」
「あれは、『四次元ポケット』なの。違う次元に繋がってるから色々取り出せるんだよ」
「……違う次元に繋がって色々だせるんだったらやっぱり無限じゃないか?」
「え〜っ。有限でしょう? 絶対に限りはあるはずだよ……多分」
隣の男はイマイチ自信がないのか、確信の篭った声では答えなかった。
「けど、あれだよなぁ。あんな便利なもんがあったら、人間有り難味っつもんを忘れちまいそうだよな」
ふと端にいる男がそんな感想を述べた。隣にいる男はそれを聞くと一つ頷き
「うん。確かに。けど人間能力に限界があるから、ああいうものに憧れちゃうんだろうね。人間の力なんて実際しょぼいもんだよ」
言葉を続けた。
端の男はその言葉を聞くと思案気に顔をゆがめ、
「……いや、俺はそうは思わねぇな。人間やってやれないことはないと思うぜ? 自分の全ての知恵と、全ての気力と、全ての体力を持ってすれば出来ないことはねぇと思う」
胸を張って言いはる男に、隣の男は眉間に縦皺を寄せた。
「それってなんか……無理やりじゃない? それに、成功ばかりとは限らないでしょ?」
「結果はどうあれ、過程が大事。その途中経過で自分の力を出し切ったかどうかで、後味も変わるってもんだぜ?」
はっはっはと、妙な笑い声を上げながら端の男はそう言った。
「なるほどねぇ。まぁそう言う考え方もあるかもね」
隣の男は何か心の中に支えたものが取れたように、そう答えた。
「じゃぁ、ドラえもんってある意味、子供たちに『がんばれ』ってエールを送ってるアニメなんだね。道や方法はいくらでもあるし、へこむことはないってね」
「……ん? ああ、そうなんじゃねぇ? だからあれだけ人気があんだろ」
端の男は無邪気に笑いながら答えを返す。
二人の会話に耳を傾けていると、いつの間にか聞き入っている自分に気づく。ふと我に返ると自分が下りるべき駅を出発するところだった。
「あ!」
慌てて立ち上がったこちらに気づいた二人は、破顔一笑し
「大丈夫、未来はまだある!」
端に座っていた男がそう言って親指を立てて見せた。
時間は有限でもあるが、無限でもあるのかもしれない、と二人の顔を見てそう思った。
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