昼間だと言うのに、窓から陽の光は殆ど入ってこない。
アンティーク調に、ワインレッドで塗り固められた、そのような部屋。
あまり広いとはいえない、この場には今、三人の人間が居た。私と、目の前に居る二人の男だ。
向かって左に座っている男は、目つきの鋭い、だが、どこか無邪気な雰囲気を兼ね備えている男だった。対して右の男は、幼い顔立ちで華奢な体つきをしており、色素の薄い髪を有している。
「ねぇ。理性ってどこまでが理性って言えるんだろうね?」
右の男が不意にそんな疑問を口にする。その言葉に左の男は
「……あ? 何言ってんだ、いきなり。ほんとに、お前はいつも唐突な奴だよな」
顔を顰め、酒の入ったグラスを弄びながらそう答える。
「会話なんてものはいつも唐突なものなんだよ?」
右の男は相手の反応に当たり前のように言って聞かせる。
「まぁ、そうかも知れんがな。で? 理性の境界線だったか? そんなもん、人それぞれじゃねえのか?」
左の男は深く考えもせずにそう答えたようだった。
「でもさぁ、これってすごく曖昧な線だと思わない? 今、殺人が増えているのもきっと理性と本能の区別がついていないんじゃないかな、と思うんだけど」
右の男は不意に世評を述べた。そう言われ、左の男は
「なんか、そう言われるとかなり重要な問題に聞こえてくるじゃねぇか。……理性と本能ねぇ」
ふーむ、と唸りながら顔を顰めて見せる。
「ね? 面白そうでしょ?」
「いや、これは面白いとか、そういう問題なのか?」
右の男の発言に左の男は訝しげに答える。
「けど、あれだよねぇ。理性って考えて行動することでしょう?」
「ああ、そうだな。俺なんかの場合、お客に対する時の態度は本能的なものだぜ。あの笑顔は理屈では作れないんだ。その代わり、ひねくれた性格はわざと作って出してる。これは理性の働きかもしれないよな」
左の男は訥々と言葉をつむぐ。右の男はその言葉に、
「わざと作る?」
と怪訝な顔をしてみせる。
「ああ、……なんて言うかな。相手によってここまでの憎まれ口を叩いても大丈夫だろう、とか、個々人に違う対応をするんだな。これは理性の働きと言えるんじゃないのか?」
「ああ、なるほど。君のひねくれた性格は作り出されたものなんだね。そしてお客さんに見せる笑顔はその理性とは裏腹に咄嗟に出るものなんだ?」
右の男は納得した様子でそう頷いた。
「なんか、微妙に失礼なこと言ってないか? お前……」
左の男は半眼でそう答える。
「僕はあれだね。思いっきり笑顔は作るね。普段は本能のままに言いたいこと言うから」
「おい、無視かよ。……お前はそうだろうな。喜怒哀楽激しいもんな」
左の男はそう答えた。見た目ははっきり言って正反対な性格に見えるが、人は見かけで判断は出来ないものだと、そう思った。
「喜怒哀楽って感情だよね。じゃあ感情と本能って同じものなのかな?」
「ああ、俺、それは昔何かの本で読んだぜ。本能は感情とイコールだってな」
左の男がどことなく得意げにそう答える。
「君が自慢することじゃないでしょ? そうそう、それで最初の話に戻るんだけど……」
「ああ? さっきの話か。……俺は、殺人は計画的に行うものだから、理性の働きじゃねぇかって、思うんだが? 綿密な計画を立てて殺人を犯す。……ってな?」
右の男の話を遮って左の男が言葉を紡いだ。その言葉を聞き、右の男は眉間に縦皺を寄せ、考えるように首を傾げ
「けどさぁ……頭に血が上って感情のままにって言うのもあると思わない? 『ああ、やってしまった』っていうのも多いんじゃぁないかなぁ。そして、後から一生懸命辻褄合わせたりさ。いわゆるアリバイ作り?」
問い掛けるように左の男に訴える。
「ああ……なるほどなぁ。そう考えると理性と本能って微妙な関係だよな。やっぱりこれといった境界線っつぅのはないのかもしれねぇよな」
左の男はふぅむ、と唸ってからグラスの中身を喉に流し込み一息つく。
沈黙が続いた。私がする仕事の音だけが辺りを満たしていた。
「けどあれだろ? 理性は考えようとした瞬間から、理性なんじゃねぇのか? 考えて物事を行うっつうのは、理性の働きだと言えると思うぜ?」
左の男が唐突に声を上げた。右の男は、一瞬呆気に取られたように相手を見つめていたが、
「うーん、なるほどねぇ。じゃぁあれなの? 感情で行動する人ってあんまりないのかな?」
「……それは個々人によって違うんじゃねぇか?」
右の男の言葉に左の男は曖昧な答えを返す。
再び沈黙が辺りを満たした。そこで口を挟んでみようと思い、グラスを磨いていた手を止める。
「結局、理性と本能ってどういう関係なんでしょうね?」
どちらにともなく、問い掛ける。
二人が同時にこちらをふりむき、口を開いたのは左の男だった。
「そうだなぁ……『理性と本能は表裏一体』つぅのはどうだろう? ……マスター、お代わり頼む」
男は無邪気な笑顔で、グラスを突き出しながら私にそう答えを返した。
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